旅行・地域

旅先で出会った人と旅番組で再会(?)

TVでウィーンの特集をやっていて、何気にみていたのですが、そこで、ブルグ劇場のクリムトの絵の紹介をしていました。昔、ブルグ劇場のクリムトを見たくて、日本語ガイドツアーを予約して、見学したんです。
で、TVを見ていたら、その時案内してくれた人が(昔よりちょっと太っていたけど)番組に出ていたのです。ああ○○さんだぁ~と懐かしく思いました。
1時間くらいのガイドツアー(個人手配なので夫婦二人で案内してもらいました)だったんですが、いまも懐かしい思い出です。
そんなこんなで、TVで再会(?)した旅先で出会った人を思い出しました。

ウィーンでは、カフェで隣のテーブルの男性と(メニューの貸し借りで)話になって、そうしたら、その方はウィーンフィルのメンバーで来日したこともあり、天麩羅・寿司を食べたことがあるという話になりました。(お店の人は「プロフェッサー」と呼んでいたので、私達も「プロフェッサー」と心の中で呼んででいます)
日本で放映されたニューイヤーコンサートで、「プロフェッサー」を見かけたことがあります。もっとも「プロフェッサー」の場合は有名人(?)なので・・・

ツアーでチェコに行った時、現地ガイドさんが日本育ち(お父様が、外交官だったそうです)で、日本語もうまく個性的な人だったんです。(名前は忘れてしまいました)そうしたら、数年後、「プラハの春・ビロード革命」ドキュメンタリーで、その方が・・・・
すっかりお年を召したという感じで、もしかして・・?と思ったのですが、声をきいて、確かにその人だと思いました。

いろんな再会があるのだなと思いました。

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イタリア旅行記 よりみち 読んだ本追記

本の追記ですが「ビザンツ皇妃列伝」
これは詳細は忘れましたが。東ローマ帝国のいろいろな時代の「皇妃」の人生(?)を紹介することで、ビザンツ帝国の歴史を紹介している本です。

ラベンナのモザイクで有名なユスティニアヌス帝の皇后テオドラ(踊り子から皇后になったと言われていますが、皇后になってからのエピソードは少ない)
とか、美人コンテストで選ばれた皇后。
ベネチアのパラ・ドーロにその姿が描かれている皇后などなど。

ビザンツの変遷(ものすごーーい数の皇帝がいたような)を簡単(?)紹介してくれる本です。

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イタリア旅行記 よりみち 予習した本

イタリア旅行のために読んだ本。

新潮社のとんぼの本などの美術関係の本&美術館のガイドなどなど。
「ヨーロッパのキリスト教美術」→これには、ラベンナの洗礼のモザイクに川の神が描いてあるという記述があり、実際にそれを見てきました。神様の頭に「カニ」がのってます(笑)

「モザイクのきらめき-古都ラヴェンナ物語」→これは、あるいみガッラ・ブラキディア:西ローマ帝国の皇女にして皇妃、そして皇帝の母という華麗な経歴の持ち主でありながら、(だからこそ)波乱の人生を送った「女の一代記」って感じです。この本でいろいろラベンナのモザイクの勉強をしました。

あと若桑みどり先生(夫がファンなので、「みどり先生」と呼んでます)の、フィレンツェとか、美術関係の本。
あと、メディチ関係の本。
いろいろいろいろ読みました。

「モザイクのきらめき」はちょっとレアかもしれないので、お薦めします。
いやぁ~ホントに、波乱の人生ですよ。ガッラ・ブラキディア→皇女→ゴート人の捕虜→敵の王弟と恋愛結婚→死別→再婚→東ローマに亡命→ラベンナに戻る→息子が皇帝

その他、他の本にはかいてなかったラベンナの東ローマと西ローマの対立とかあって、ためになりました。
ラベンナに行くかもしれない方は読んでくださいませ。

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イタリア旅行記 その7 フィレンツェで晩ご飯

フィレンツェで、さすがにちゃんと夕飯を食べようということに。
体調も戻ってきたので、パスタくらいなら(でも、そういう頼み方ってOKなの?)と外出。
雨の中ホテルの回りをうろうろと。

ホテルの近くに有名店「サ○ティーニ」があることを発見しましたが、なんとなく、入りやすそうなお店に(ここが正解でした!)
ボロネーゼとサラダ、夫は念願の臓物(ただし、やはり旅行者向けに食べやすい味)を食べました。お店の感じも良かったし、おいしかったので○です。
が、しかし、そのお店で、となりのイタリア人夫婦が気になってしまいました。

雨で、お店は混んでました。
私達のちょっと後に入ってきたので、二人は、私たちの隣の入口脇。旦那さんは、入口脇がちょっと気に入らなかったようです。奥さんはドレスアップして、二人で「楽しいお食事」の予定だったはずなんですが、きっと思わぬ雨で予定が狂ったような。
で、私達のオーダーをとりに来て(けっこう時間がかかった)時、隣のオーダーをとればってタイミングだったのみ、お店の人は無視(あれ?)
それっきりものすごーく待たされて、旦那さんの方が怒ってお店にオーダーしにいく→(わたし達の料理はすぐでる)→彼らにきた料理が違っていたらしい→どんどん機嫌が悪くなる旦那さん→彼らに来たのはステーキ:ものすごい勢いで食べて、キャッシュをたたきつけるようにして出て行く旦那さん

旦那さんなんとなく「きまじめ」って感じで、奥さんがすまなそうに私たちに「さよなら」っていってました。イタリア人はもっと陽気な人達ばかりかと思ってましたが、あたりまえですが、当然、人それぞれなんですよね。

さすがにあれだけ待たされればイタリアでも怒って良いのかと思いました。
レストラン、おいしくてお手頃だったんですが(観光客も入りやすい&英語メニューあり)、よくみると、店員さんが少ない→あーやっぱ、人件費でけずるのだなと思いました。

やっと、まともな食事ができたイタリアの夜でした。

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イタリア旅行記 よりみち イタリア語を学ぼう

イタリアに行くにあたって、やっぱ「イタリア語会話」が必要!と、本を買わなくちゃと調べてみました。
そして発見!イタリア語会話には、「サッカー」の話題がてんこ盛り(当家はまったくサッカーに興味がありません。)なのは良いとしてですが、
男性からのナンパとそれに対応する方法がことこまかくかかれているわけです。

「どこへ行くの?」(男性)→「あなたには関係ないでしょ」(これ、イタリア語で応えたら、かえってまずいんじゃないのか?)
男性に対して、「イタリア語」で攻撃をかわす方法が・・・・これって、必要ない。
というのが結構ありました。
結局、食べ物関係と日常会話編(同じ出版社)の2冊購入ということに。
アレルギーがあるので、食事関係は必須だったわけですが、アレルギーがあります。という例文だけではなく、これこれを除いてくださいとか、スープに入っていても×というような、文章がほしいなと、欲張りなことを思いました。

ちなみに「荷物をあずかってください」とゆびさしながら、イタリア語でホテルに頼んだら大受けしました。
話は違いますが、シモネッタ:田丸公美子の本は「面白い」のではありますが、「色恋」が多く、ためにはなりませんでした(笑)

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イタリア旅行記 その6 フィレンツェ美術に満腹

ウフィッツィ美術館に朝からの予約をいれて、ホテルから歩いて美術館に。
ベッキオ橋もまだお店が閉まってました。
フェラガモ(本店?)で写真をとってみるなど。

美術館の予約はもう人がならんでますが、すんなり入れました。しかし、オーディオガイドは、パスポートがないと借りられないってのは、一体?
美術館の中は「もの凄い」の嵐。イタリア美術が凝縮されていました。
特記事項?
・ロープがはって入れない部屋がありました→しばらくたったら係員がいて入れるようになってました(係員が遅刻?)
・利用者には優しくないような気がします。飲食場所が不便・トイレが少ないなどなど。(イタリアの美術館は、とにかくトイレ事情が悪いような)
・ものスゴイものばかり見ているので、段々感覚がマヒしてくるのがちょっともったいないです。
・最後に売店の嵐。いけどもいけども売店ばかり(笑)
美術館を出て、まだ行ってなかったシニョーリア広場:ダビデ像(レプリカ)を見る。
ベッキオ宮はもうぐったりしていて、入らず。
ピッティ宮に行くことに、途中、自転車レース「ジロ・トスカーナ」のゴール地点に出くわす。で、写真をとりまくる。(はい、夫は自転車ファン:でも、事前にしらべてませんでした)

美術館に向かいました。ピッティ宮には、ボーボリ庭園(広くて回れないかも)もあって、そこも行きたかったのですが、時間もないし(セット券しかなくなっていた)と思い、美術館のみのチケット購入。
そしたら、パトカーのサイレンが聞こえる→レースの先導でした。
ちょっとだけですが、レースがみられてうれしかったです。

美術館は、ものすごい作品もあるけど、やや、ごちゃぐちゃ感ありで、つかれちゃいました。でも、ラファエロの作品を色々観られたのが収穫でした。
しかし、二人とも、ルネサンス美術に満腹状態になってしまいました。

美術館を出ようとしたところ、雷が→こんな時にかぎり傘を持ってなかった→「アンブレラ」という物売りの声にもめげずに結局ホテルまで歩いてかえりました。

ベッキオ橋で、宝石店のショーウインドーみつつ雨宿り。
素敵だなと思うアンティークとかありましたが、値段がついてない→しょせんムリとそのままでした。

もともと夫はネーデルランド絵画が好きで、ルネサンスはどうかな?と私は思っていたのですが、やはり、「ウフィッツイには行かねば」という気持ち(私はラベンナ)があったのが今回の旅行でした。
見たいものは他にもあったのですが、二人の中で、ルネサンス満腹状態という贅沢な(?)状態にってます。

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イタリア旅行記 その5 フィレンツェはじまり

フィレンツェの美術館はかなり「予約優先」が多くなった気がしますが、かといって、全部予約するのも味気ない→ウフィッツィのみ予約しました。
最初にメディチ家礼拝堂に行きました。工事中ではありましたが、ミケランジェロの彫刻は間近ににみる事ができました。
昔行った時には、「迫力があった」しか覚えていなくて、今回、こんな彫刻だったんだなぁとじっくり見ました。
それから、「市場」へ、夫が名物の「トリッパ:臓物」を食べたいという事だったのですが、すごく流行っているお店がありましたが、注文方法自体分からず挫折→あとで日本語OKのお店があったことを知り残念。市場でとりあえず食事しました。

実は、移動日になんとなくお腹の調子が悪かったのです(私だけが食べたもの=苺だったのですが)このとき市場の食事のオリーブオイルにまけて、この後、熱が出て(顔が真っ赤)大変な思いをしました。このせいでフィレンツェの食事ではパニーニばかりになり、パニーニはもう食べなくない状態にまでなってしまいました)

サン・ジョバンニ聖堂(けっこう観光可能な時間にかぎりが)に行き、天井のモザイクをじっくり眺めました。すごく良かったです。

それから、サンマルコ修道院に(フラ・アンジェリコ目当て)向かいました。
事前に調べていた開館時間が、短くなっていて(英語の表記は前のままで、イタリア語は時間が訂正→両方訂正してほしいなぁ)ややかけあしだったりしたのですが、それでも、受胎告知をじっくり眺めることができました。
この時、ブルーの服を着た老夫婦がいらっしゃいましたが、後に、別な観光地でも再開(?)しました→行くとこって同じですよね。
それから、リッカルディ宮→ここは狭くて、メディチ家ファンでないと楽しめないかもと思いました。ここは個人的にはコストパフォーマンス悪かったです。

一時的な発熱もじょじょに治まりはじめ、とにかく、その日は部屋食決定ということで、スーパーで(パンはベネチアの残りがあったので)スモークサーモンなど買ってかえりました。

お腹の調子はおさまってきましたが、フィレンツェにいる時はハム・チーズはあまり食べないというイタリア?という食事になってました。
あと、今回の発見(?)ですが、パニーニばかり食べて「飽きた」わけですが、甘い物(私は甘いもの好き)は、慣れている味なので、甘過ぎるって思っても食べることができる。

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イタリア旅行記 その4 いざフィレンツェへ(困難な道のりでした)

朝早くベネチアのB&Bを出て、船で駅に向かいました。
イタリアの電車のダイヤはあてにならない→だから早めに行くのが鉄則というわけです。

駅だっていうのに売店もあいてなくて(かろうじてカフェくらい)
椅子に座って待ってました。ラベンナへの移動のキップをかわなくちゃいけなかったので、この時、窓口で購入(これを後に感謝)。

電車は始発なので到着しているのですが、20分くらい遅れて出発する不思議でした。
ステップが高いので、荷物をもって上がるのがちょっと大変。
で、二人席を予約してあったのですが、進行方向と逆でちょっと残念。
ベネチアの駅は、映画「旅情」を思い出し、ちょっと感傷に・・・
次の駅(海のを渡っていく)ですが、それこそ「旅情」でキャサリン・ヘップバーンが、カメラ回しながらベネチアに電車で入ってくるシーンの駅→帰国して、母ともりあがりました。

指定席が満杯だなぁと思っていたら、ボローニャからは学生が大量に乗り込んできて、大混み→荷物置きにトランクをチェーンで繋いでいたので、早めに人をかき分けて行って、荷物をとって、おりるのが大変でした。

フィレンツェの駅が大きいのでびっくり=都会だ・・・
ベネチアは「観光」の街&車が入ってこない街、しかし、フィレンツェはそこで働く人もいる街で、(ちなみに旅行にあたりいろいろ本を読んだのですが、フィレンツェは「文化を守ってきた」自負があるので、観光客にはあまり寛容ではない云々ってありました。何となくそれは、感じました・・・フィレンツェで体調が悪かったせいかもしれません)

駅でコインロッカーを探そうとして見つからず(地下に荷物預けがあったらしいのですが、ものすごーーーーく手際が悪いらしいので)とりあえずホテル(一応駅に近い)に向かいました。駅周辺の道路は交通量が多く、地下道を通る。
ホテルは、サンタマリアノベッラ教会ビュー(確約)でして、早めでしたが、チェックインOKで一安心。部屋から教会を眺めをみて、映画「眺めのいい部屋」をちょっとだけ思い出し、身軽になっていざ観光へ!

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イタリア旅行記 よりみち イタリアのホテル

イタリア旅行記を続けて書かねばとは思っているのですが、10月になって仕事がちょっと大変な事に・・・・で、ついつい、旅行記がフィレンツェにたどりつかずですが、ちょっとホテルの話をしてしまいます。

今回は、ベネチアはB&B→便利で良かったのですが、なまじ部屋食ができると思うと、外食(ベネチアはとても食事が高い→行きたかった店満員など)せずに、ちょっとだけ、悔やむ結果に。あと、エレベーターが無いのでトランクもって階段が大変でした。

フィレンツェ、ラベンナは駅とのアクセスを重視して、三つ星ホテルをとりました。
で、両方のホテルとも親切で、快適でした。バスタブ付き(そりゃお風呂は日本がいいですが)が、しかし、両方のホテルとも、部屋にティッシュペーパーがない。お茶セットがない。→お湯が沸かせないのにはちょっと困りました。てっきり湯沸かしとかあるとおもっていたのですが→古いのか。。。 今後は、湯沸かし・箸(というかキャンプセットというか一式)などもってこようと思いました。
朝食ですが、コーヒーはおいしい。パンもおいしいが、野菜が存在しない。カットフルーツはヨーグルト用に多少あるけど。。。ホテルに比して、朝食がややさびしいという感じでした。
ラベンナのホテルは部屋の照明が明るくて、「寮」にいるみたいでした。
ボローニャのホテルは、飛行機の都合で前泊のみとということで、「場所」で選びました。
狭い→バスルーム(シャワーのみ)+トイレは芸術的なほどにせまい。
そういえばこのホテルだけ朝食に玉子がありました。

チェックイン時にパスポートNOを控えるのですが、忙しいとすぐに返してくれないので、とりに行かないとダメだったりします。あと、カギもいちいちフロントに戻す→うーん面倒。

しょっちゅう出入りするので、笑われたりしました。
もっと安いホテルとかも候補にあげたりしたのですが、場所+居心地の一応考慮しておいて良かったと思います。

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イタリア旅行記(寄り道) 海の匂いがしなかったベネチア

ベネチアの空港でバスに乗るために外に出たときに、海の匂いがしたんです。
で、バスに乗って、ベネチアのターミナルに降り立ったら、海の匂いがしなかった。
その後、船に乗った時も、島に行った時も、海の匂いがしなかったのが、不思議です。

サンクトペテルブルグの運河も「半分海水とまじった匂い」がしました。
オステンドに行った時も、バルセロナに行った時も、北海も、地中海も、みんな「山下公園と同じ」だと思ったのに、「水の都:ベネチア」で、海の匂いがしなかったのでした。

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イタリア旅行記 その3 ベネチア最後の夜

本島に戻り→スーパーで買い物(スーパーといっても物価の高いベネチアを実感しました)
で、カ・ドーロという屋敷の側から船に乗って部屋に→カ・ドーロは知人が誉めていたので、あとで再度船から眺める予定。

で、夜の船で散歩(?)することに。
明日の移動に備えて、駅に行ってみました。自販機をちょっとためす→壊れている?
で、船でサンマルコ広場まで行こうとしたら、どうもリアルト止まり→それでいいやと、舳先のほうに乗る。夜の闇の中を進む船、周囲の光にうっとり。

リアルト橋で降ろされ、次の船を待つ→あれ、また、止まり。
そこで知ったこと。船も7時すぎると間引き運転。観光コースの船が終わっちゃう。(終わったにもかかわらず乗り場はオープンしたままなので混乱)地元の人が使うコースは運転。

歩いてサンマルコ広場に、カフェが音楽を流している(あれ、この前はすてきだったのに、週末なので、低調なのか?
観光客はカフェに音楽をきいてますが(はいお金はらってません)アメ○カの団体は、音楽で踊りだすとか、やりすぎ状態。バラの花を売りつけようとしている男性ありだが、東洋人はけちとばかり(実際買わないけど)、見向きもされませんでした。

ベネチア最後の思い出はサンマルコ広場。ホントは昔入ったカフェとか入りたいと思って来たのですが、(昔記念撮影したボーイさんに似た人がいて、もしかして年をとった姿?など)、最初は満員すぎ&今は、外の席だし。昔の思い出で十分になっちゃって、入りませんでした。
サンマルコ寺院の写真が、夜しかないことにあとで気が付きました。昼には中にいた&水が出たので撮ってなかったんです。

ベネチアは物価が高い&交通費がものすごい・・・でしたが、もっと島巡りしたいと思わせる異国の街です。

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イタリア旅行記 その2 ベネチア:トルチェッロ島にわたって

翌日、島にわたるため歩いて20分くらいの乗り場に行く予定→今まで行ったことのない道→おや、肉屋さんが、パン屋さんが→食材を買いこみ部屋に戻る。再度でたところ、チョコレート屋さんに遭遇!キノコの包みがかわいいチョコを購入→まだ戻る。
イタリアはもっと「おみやげ満載」と思っていましたが、一番、チョコとか充実していたのは、ベネチアだった気がします。

船付き場に、ふらふらと行きました。屋台でさなかうっていたり、海が近い感じがどんどんとしていました。そのうち花屋さんが→もしかして、お墓の島サンミケーレに行く時に花?などとおもっていたら、はい。船着き場に。
真向かいにそのサンミケーレ島があり、ちょっと曇りでもあったせいで、すごく趣がありました。私たちが乗る船は別の船着き場→ということであわてて異動。
1時間程度かかるので、船の後方のオープンスペースの椅子に座り→気分は、「ベニスに死す」のダーク・ボガード・・・
サンミケーレ島の横を通り、刺繍で有名なブラノ島に、今回のお目当ては、トルチェッロ島の教会のモザイクです。「トルチェッロの聖母」として有名。
行く前に色々しらべたらトルチェッロ島は過去に栄えたけど、今は殆ど無人状態云々、さびれた島というはずだったんですが(有名なレストランがあるという話もきいてました)

船を乗り換えてトルチェッロ島に、あれ、道がすごく整備されている(あれ、こんなにお店がある?)→さびれた島(土地があまっている)が、いまもの凄い勢いで再開発されようとしていました。ものすごいびっくり。

教会の前には「アッチラの椅子」と言われる岩をけずった椅子がありますが、「処刑につかった」というのを読んでたので、座らず(あとで、そこに腰掛けて絵をかいている人をみかけました。処刑云々はともかく、良いのか?歴史的に?と思いましたが)

教会のモザイクは、最後の審判(地獄の様子がすごくユニークです)と、聖母子の二つ。
結構、人が沢山(専用船)がきてましたが、タイミングがずれていたので、ゆっくりと見ることができました。
モザイク自体すばらしいと思ったのですが、この旅行記を書いている今は、ラベンナの印象が強くなってしまって・・・わざわざ行った甲斐はあったのですが、それとともに、時間をかけすぎちゃったかなと、ちょっと後悔もあります。

教会と島の開発のギャップにちょっとおどろきました。
となりの教会は、建築自体は素敵ですが、内部は簡素で、ほとんど人が入っていないので、こっちも見てあげれば良いのにとも思いました。

レストランで食事とも思ったのですが、どうも「甲殻類」のフライの匂い(当然)がして、色々説明するのがあまりにも面倒だったので、早く島に渡りたいと主張する私と、せっかくだから食事したい夫と、ちょっと険悪に。

タイミング悪く船はいったばかりで待ちました。
ブラノ島で、とりあえず私はアイスおっとは魚のフライ(イカリングがとてもおいしかったそうですが、他はちょっとはずした)
ディスプレイにカゴにカニをいれて(干してある状態)にしてありました。
そのカゴの下で軽食をしていた女の子がカニに気づき「きゃ~」→周囲の客も笑っちゃいました。

島は刺繍と、色とりどりの家(漁師さんが自分の家が分かるように)で有名。ぶらぶら歩く、東洋人の私たちには「中国製」だと分かるレースが売っている→せっかくここまできたんだからとおいう気持ちと、ここで東洋もの買ってもしょうがないと思う。

海岸にいってみましたが、「漁港」で、砂浜がない。私が知っている砂浜がある海とは違う海でした。

さすがに食事ということになり、J○BカードOKの店に(日本語メニューありました)。
まずパスタとサラダだけでもOKかと確認(観光客が多いためかOK)
そう、ここまで来て、「魚」を避けなければいけない自分が悲しい。
ボロネーゼを頼む私。トマトソースがとても◎。
いままで、旅行ではアレルギーの心配のない国が多かったのですが、今回は、はっきり言って、イタリアで魚×という悲しい旅行。

その後、ものすごい高級レース屋さんに行き、博物館(?)を見て、ハンカチを購入。ちょっと素敵と思うとスゴイ値段(すごいけどハンカチに1万とか出せない)&手洗い不可→シンプルなのを購入。
美と実用は両立しませんです。

で、本当に戻る。船大混み→ここだけ自動改札になっていて、(うーんタダノリが多いのか?)と思いました。
本当はガラスのムラノ島にも行きたかったのですが、時間がなくて断念。
ムリしても行けばよかったなぁと思ってます。

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イタリア旅行記 その1 ベネチア(映画のような街)

最初のヨーロッパ旅行ははるか昔(独身時代)、ツアーでイタリア。
その時、飛行機が遅れてベネチアの時間が削られたのがとても残念で、再訪したいと思っていました。サンマルコ寺院の輝く内陣の印象が強くて、コンスタンチノープルから持ってきた宝”パラドーロ”を「見た」ことしか覚えていなくて、ぜひ、もう一度と思っていました。

ウィーン経由でベネチアに入りました。宿泊はリアルト橋近くのB&B(とっても便利でしたが)暗くなっていたのでたどり着くのは一苦労でした。
早速歩いて10分ほどのサンマルコ広場に・・・夜の広場には、カフェからの音楽がながれ、ダンスをしているカップルがいたり、とても雰囲気がありました。直前雨がふっていたせいで、広場に水たまりができていました。ためいきの橋まで行って、明日またくるからと戻りました。B&Bのカギがあかなくて(コツがあり)、オーナーに開けて貰いました→カギはその後、特訓でOK。

翌朝は、朝一番で寺院の予定でしたが、リアルト橋・市場のあたりをふらふらして、船(バポレットという水上バス)で、サンマルコ広場に。
うっかりしていたのですが、歩くとすぐなのに、船だと30分以上かかるのです。
でも、運河の雰囲気や、「呪いの家」といわれる館もながめつつ、広場に向かいました。

広場についてところ、サンマルコ寺院の開場前ですが、ものすごい行列→待つのが大変だからと塔に登りました。
天気予報では雨だったのですが、快晴!塔から海に浮かぶ島、教会、家並みといった「絵はがき」の様な景色をながめました。
行列がはけそうにないので(むしろ増えていく)、並ぶことに→見た目よりはスムーズに人が進んでいきます。大きな荷物は入口でダメだし→基準があいまいで、「何故あの人がOKで私がダメなの?」と文句を言う人有り。

サンマルコ寺院は「木の板」(水対策)の上を進んでいったのですが、その時は広場には水は出ていないようでした。でも寺院の内部に入ると、(家でいうと玄関のたたきの部分?)水がたまっている状態でした(その時も、その後の状況を理解していませんでした)

寺院の内部は黄金に光り輝いて、モザイクがきらめいていました。
念願のパラドーモもじっくり見ました。この時、以前、スペインのラザロ・ガルディアーニ美術館でみたメダル(聖人のエナメル)の原型が、この(?)ビザンチン芸術だったことに思い至り、ちょっと感動しました。(宝物館にもおなじようなメダル:工芸品の装飾がありました)
2Fのテラスに登って広場を眺めたところ、びっくり、水がでています。
はだしで水の中を歩く人もいました→ベネチア観光には「ビーチサンダル」が必要と思いました。さっきまでは水はなかったのに、あっという間で、しかも水はどんどんふえていってます。広場が水浸しというのはニュースで見たことがありますが、まさか自分が遭遇するとは思ってもいませんでした。

その後は、ドゥカーレ宮を見学。内装がゴージャスすぎてちょっと「こってり感」。予約しないと行けないとガイドブックに書いてあった「牢」「ためいきの橋」にも行けました→橋の中から、ハンカチなりとふれば(外から見る人にアピール)良かったと思いましたが、ちょうど団体ツアーと一緒になりそれどころではなく退散。あとで橋をみたら、隙間から手を振っている人がいて、自分もやれば良かったと残念。(ちなみにボッシュの絵があったんですが、絵はがきが無くて・・・)
本当にまぶしいばかりの日差し。ウェディングカップルが記念写真をとろうとしているのですが、光が強すぎてカメラマンが困っている情景に遭遇しました。観光客はカップルの写真をとりまくりでした。

その後は、船でサルーテ教会→歩きでアカデミア美術館。アカデミア美術館ではみたかった「テンペスト」を見ることができました。
その夜は簡単にピザのテークアウト、噂のブラッドオレンジファンタを購入して、大人しく部屋で食事でした。
旅行では結果として、「食事」で惨敗するのですが、今回もかなり「惨敗」。とくに甲殻類アレルギーの身でベネチアはとっても悲惨でした。
B&Bの良いところは、食事をつくれる事ですが、用意をしないと、「部屋でたべればいいから」と適当に買い物して、はずしてしまうということになってしまいます。
イタリアに行った人からいろいろ情報をきいていたにも関わらず、物価の高さと、根性のなさで部屋食してました。

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ビザンチンに憧れて「イタリア旅行記」はじまり・・

ビザンチンには昔から憧れていたのですが、イスタンブールに行くのはちょっとためらわれる・・・
昔から、東ローマ帝国のモザイクの残るラベンナに行きたいとも思ってました。
去年ビザンツ帝国をテーマにした、ラベンナに行くツアーがあったものの、観光が2カ所のみ→一生いけるか分からないのにそれはあまりにももったいないで断念→そのツアーは今年はありませんでした。
自分はラベンナに行くことがあるのだろうか?と、思ってました。

夫が「ウフィッツィ美術館に行きたい」と言い出したことから、いろいろな紆余曲折を経て、イタリアに行くことになりました。

テーマはビザンチン:ベネチアのサンマルコ寺院でモザイクを見て、フィレンツェでは美術館→そしてラベンナと夢はふくらみました。
いろいろ調べはじめて、ベネチア・ボローニャは空港と街が近いことが分かり→徐々に計画が実現していきました。

ベネチアでは、時季はずれのアクア・アルタででサンマルコ広場は水浸し。
曇りの海に船にゆられて気分は「ベニスに死す」。
フィレンツェでは「美術の洪水にあてられ気味」
念願のラベンナでは、モザイクをながめて至福の時を・・・・

食物アレルギーのために食事はイタリアに行ったのにかなりはずしましたが(二日連続マクドナルド:涙)
おそらくもう一生行けないだろうラベンナに行けたのは幸せでした。

東ローマ最盛期のモザイクをみることができるのは、イスタンブールではなく、ラベンナ。
西ローマ帝国の勢力下にはいったからこそモザイクが破壊されずに残ったのは皮肉とも言えますが、私達にとってはありがたいことです。

ラベンナはとても行きにくい街ですが、それだからこそ、静かな平和な街でありつづけるのかもしれません。

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ミニチキンラーメンで知る文化

日本人は麺を「すする」のですが、西欧人はしない。(西欧限定かは定かではありません)
普段は全然意識していないんですが、「ミニチキンラーメン」で「文化」を知ったことがあります。
昨年ウィーンから帰る飛行機で、軽食としてミニチキンラーメンが配られました。
しばしの間、機内にはラーメンをすする音がひびいたんです。
自分もラーメンを食べているにもかかわらず、それがすごい違和感なんです。

たった1週間の夏休みだったのに。たしかに「すする」をしていなかった(気がする)
一応、ここでは「すすってはいけない」とおもいつつ食事していた。
が、自分は「麺モノが好きな日本人」。それが、違和感を覚えてしまうなんて・・・に、びっくりしました。
もっとも、帰国してすぐに「すする」日本人になりましたが。

同じような体験は、夫と二人きりで旅行をしていてほとんど日本人に会わなかった→お互い以外、日本語で会話してなかった→帰国の日に、日本語をきいて(たまたま現地在住が長い人+関西弁だったので)ものすごーーく不思議な感じがしました。

短期間でも、なんか適応しちゃうんだなと思いました。

ちなみに夫は、社員食堂で「すすらないように麺ものを食べている外国人さん」を目撃したことがあるそうです。

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ケルンてこんなに楽しい街だったんだ「てくてくドイツ」

ドイツもちゃんと行きたいなと、エッセーマンガ「てくてくドイツ」を借りてみました。
いやぁ、ハードな旅行です。
ノイシュバインシュタイン城に近道して山道を登って、チケットを買い損ねて入れない(うーん私だったら、泣きわめきそう)とか、ドミトリーに泊まったり、ワイルド満載に「てくてく」していく本です。

これを読んで、やはり、ビール祭りのドイツ人は大変「おそろしい」存在なのだと実感。
あのケルンの「ゲルマン人の大移動」もかくやと思ったのは、勘違いではなかったのだとも思いました。

ケルン:私は駆け足で旅行が、すごく楽しく&おいしいモノいっぱいという事を知りました。

じっくり旅をする人は良いものにであえるんだなぁと思いました。
大聖堂がインパクトあったケルン。また行きたいけど、たぶん行けないだろうなと思います。

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食べに行きたい「愛しのローカルごはん旅」たかぎなおこ

旅+食事のエッセーマンガです。
行きたかったお店が臨時休業だったり、どのお店に入ろうかと迷ったり、食べ過ぎて、もうこれ以上食べられないなどなど。
取材番組とは違った実際の旅が綴られています。

遠い場所はともかく、近場(日帰り可能?)だと、食べに行こうかと思ったり「行けるか?」ってチェックしてしまってます。

食べにいきたいぞぉ!が満載の本です。

たまたま、長崎名物で紹介されていた「トルコライス」がデパートの催事であったのですが、これを「お持ち帰り」しても、やっぱり行って食べるのが楽しいんだろうなと、ちょっとだけ思いました。

続編が(きっとあるはず)楽しみです。

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遠い国から思う闘牛

4年前の夏にスペインに行きました。
その時に念願の闘牛を観戦しました。

(友人に言うと、残酷といわれてしまうのですが)
夫共々、闘牛は(闘牛士だって命がけ)とても気に入りました。

私達がみた闘牛は「若手の闘牛士」の回だったんです。
で、その時に数名の闘牛士がいたのですが、その時の「お気に入り」がいて(写真は、壁紙にしてます)、日本に帰ってから名前もチェックしました(笑)

で、時々、その闘牛士の戦歴とかを確認しています。
スペインに行くことがあるのか?行ったとして闘牛に行くのか?闘牛に行ったとして、彼をみることは、もう二度とないだろうと思っていますが、一度みた縁とでも言いますか、遠い国から応援しています。

そんなファン(?)がいることなど、彼は一生知ることはないのですけど・・・

なdとおもってしまいました。

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いつの間にか違う本で出て他のね「ウィーン旧市街 とっておきの街歩き」

「ウィーン旅の雑学ノート」という本があります。(絶版)
ガイドブックにはのってない道が紹介されていて楽しい本です。
(実はウィーンの子供用(?)の本にも同じような道がのっていたので、あちらでは、ポピュラーかも)

これを便りにホイリゲにも行きました。
持ってはいるのですが、絶版なので、大事にせねば・・・と破かずに持ち歩きました。
復刊すれば・・・と思っていたんです。

が、しかし、基本的には同じ道の紹介が別な本で写真も新たに(オリジナルは写真はあまりなし)出ているのを知りました。
ああ旅行前に分かっていたら・・・

これからウィーンに行かれる方はお薦めします。

話は違いますが、美術史美術館の工芸部門はずーーーーっとクローズになっているんです。一体いつ再会するんだろうと思っていたら、あるアンティーク店の方から(ウィーンにも仕事で行かれるので)いついつ開くという話ですと伺いました。

もっともいついつ開くと昔、美術館のHPに情報があった時もありましたが、それも今はなく、個人の情報の方があてになるのかもしれないと思いました。
間違っているとマズイのでここには書きません・・・・

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ウィーン旅行記5 推理して観るオペレッタ「かの地のいとこ」

ウィーンでオペレッタにトライしてみました。
(日本からチケットを予約)演目は(ベルリンの演目で)、ウィーンでは40年振りくらいの上演となる「かの地のいとこ」です。
粗筋を調べようとしてみましたが、情報が少ない・・・・?
行く前に分かった分かった事

主人公はお金持ちの娘:ユリア、友人のヒンヒェン、後見人の伯父夫婦と暮らしている。
ユリアは子供の時にバタビアに入ってしまった従兄をずっと想っている。
そこに謎の旅人(男性)がやってくる彼の正体は・・・・?

分かっているのはオペレッタなので、ハッピーエンドだということ。

ダイジェスト版のCDも買ってみました。音楽は結構楽しそう。
さて、舞台はいかに・・・

当日、平日だったせいか意外に空席が、でも、もしかして昔みて懐かしくて来たの?とおぼしき老夫婦(おばあちゃまは民族衣装の正装)とか、もうノリノリのおばさま4人組など。
けっこう客先は盛り上がってました。

幕があがるまえの舞台装置に???と思っていたことろ、いきなりの演出(えーとご覧になる方がいらっしゃるかも知れませんので詳細はさけます)
言葉が分からないので、他のお客さんが笑っている所が分からない。
でも、面白い。大体こんな感じだろうって予想はしていたんですが。
大枠は言葉が分からなくても大丈夫。でも、一体この謎の旅人は何故ここに来たの?という一番の疑問が解けないままに終わりました。

十分楽しめたんですが、その後、やはりミステリファンのさが、あれはこうだったのではないか、とかいやこのパターンもありだと解決をいろいろ考えつづけました。

夫から真相を知らなければ、これから一生、あれはなんだったろうと楽しめるとはいわれましたが・・・・
無事に真相を知り事ができました。

あるいみ「みんなでつくる教科書」状態で、オペレッタを楽しみました。

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世界のマクドナルドから

旅先で、アメリカ人をはじめとする観光客が食事のよりどころとするのは、そう「マクドナルド」です。基本のメニューは分かっている。おそらく英語は通じる。味もたぶん・・・・
(トイレ(無料)もあるし)

マクドナルドは全世界共通のような気持ちでいましたが、それぞれお国柄があるような気がしています。私、友人の話などとりまぜて、紹介いたします。

かなり昔の事でもあるので、今はどうなっているか?ってところはあります。
・パリ・・・さすが農業国、サラダが大きくておいしかったんです。ドレッシングも色んな種類がありましたが、言葉がききとれませんでした。

・ロンドン・・・友人の報告によると、スコーンがあった&フィレオフィッシュが何となくフィッシュアンドチップスのようだった。

・サンクトペテルブルグ・・・大混みで入れませんでした。そのかわり○ンタッキーに(何故にファーストフードにボディガードが居る?)言葉の問題は全然ありませんでしたが、こんなにチキンのおいしい国で、何故にこんな味になるの(泣)といった状況でした。

・アムステルダム・・・オランダはコロッケの自販機があるほど、コロッケがメジャーです。しかし丸いコロッケ:ビッターバレンが食べたくて、いろいろさがしたんですが×(ホテルの近くの食堂兼コロッケやさんで写真みせたら、中味は同じと細長いのが出てきました)
マクドナルドにはありました。発音がよくなかったようで、なかなか通じませんでした。しかしとっても塩辛かったです。

・マドリッド・・・ものすごーーーーく混雑(あーラテン系、どこでどう並んでいるか分からない)頼んだチキンが入ってなかった(泣)サラダおいしかったです。

・ウィーン・・・コーヒーを頼んだのに、何かいろいろやっているな→メランジュ(カフェラテ?)でかつ上にココアパウダーがかかってた。

・ブラチスラバでは、チャレンジはしなかったので分かりませんが、代わりに駅のパン屋さんでメランジュをたのんだら、ホットコーヒーに生クリームてんこ盛り(へたなソフトクリームより多い)が乗っていました。

そういえばウィーン、スロバキアではメニューがカウンターになくて困りました。
あれば、これとこれって指させばすむのに。
あと、全世界のファーストフードにフォーク並びを徹底してもらいたい。

日本ではあまり入らないんですが、外国だと早いし、分かりやすいし、量も加減できるので、利用しています。
世界のマクドナルドの体験がある方はぜひ教えていただきたいです。

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ウィーン旅行記4 近くて遠いスロバキア

ウィーンから、スロバキアの首都ブラチスラバまではバスで1時間半です。
夫が「スロバキアに行く」という体験をしたいという事で、ひきずられていきました。
たしかにオーストリア国内の他の都市に行くより簡単ではありました(行くのはね)

バス乗り場、スロバキアの旧市街(バスステーション)まで行く9ユーロ。
途中、空港を経由する:ここで時間がかかる。バスはもう発車しないんじゃないかと思うくらい次から次へと乗り込んでくる。

途中の道はまっすぐで、運転手さんが携帯で何かはなしをしたりしている(大丈夫か?)
田園風景がつづき、畑の中にそれこそお地蔵さんのように「十字架のキリスト」があったりしてのどかでした。

なんやかんやでバスステーションに着く。国境越えのチェックもなかったです。
しかし、国際ステーションのはずだったんですが、もう別世界。
英語が通じない。ユーロが使えない。
トラムに乗ればよいはずだけど全然表記が分からない。チケットを買うにも言葉が通じない。タクシーに聞いたら10ユーロと言われました(のちに歩いて行ける事が判明 いやぁぼったくるにもほどがある)で、断る。
両替が昼休み(もうこのまま帰りのバスで戻りたいとすら思いました)
かろうじてキャッシングができたので、現地通貨を調達。

トラムに載ってすぐに終点「テスコ」(生協)があります。
自分がいるところはどこ? 幸いにも地図にテスコの位置がのっていたので、居場所は判明しました。
もうふらふらでマクドナルドに入りました。(世界のマクドナルドについてはまた書きます)
それからひたすら歩く歩く歩くでした。

山の上のお城(何も無いんで有名らしい)を目指して旧市街を歩く。
もうすぐユーロもも使えるようになるらしいんですが、どうも2010年(何があるんだ?)に向けてそこらじゅう工事工事。
オリジナルの色を彩色しているのだと思いますが、ものすごい個性的な配色。くらくら・・・
旧市街の道をあるきましたが、商店街があまりスロバキアっぽくない。もうすでに個人商店とかなくなってしまってブランドショップになりつつあるのねといった風情でした。

「世界まちあるき系」の番組でみたような景色を眺めつつお城に向かいました。
途中の道が、パヴェ(ヨーロッパの石畳)がところどころはがれていたり、落書き、街灯が割られているなど、「世界遺産だよね?」と思いつつ、意外に荒れた感じでした。
お城は思いっきり工事中で、遠くからみて引き返しました。

川がながれていて、こちら側は旧市街、向こうは工場やビルが建ち並ぶ新市街といった感じです。「世界遺産」になったからとあてこんでレストラン・ホテルをやってみたものの思いの外人が来ない→手入れしない→余計人がこない という感じがする
まあ、お色直しがおわったら違うのでしょうけど「置いてきぼり感」があるお城周辺でした。

プラハに行った時に、ツアーで一緒だった人が、どんどん変わるから今のうちに行きなさいと言われたから来た(すでに変わっているようだ)と言ってました。
たぶんブラチスラバもすでに変わっているんだろうな、ユーロになったら物価もあがるんだろうなと思いました。

ブラチスラバではもう、外国に来たというショック(ウィーンは以前にも来ているので)で、「話す」のは夫にまかせていたのですが、お店でアクセサリーを買う瞬間だけ、キャッシュならまけてくれるか?と英語で私は口走り(夫に数百円を値切るかとあきれられました)
もう金銭感覚がわからなくなっていたのですが、ユーロとコルナと。
友人に言ったら、アンティーク屋では「まけて」って言わなきゃねと当然のようにいわれました。(はい、デパートのアンティーク市で値切った事もあります)

もっと建築とか「知らない国に来た!」(いえ色彩はすごかったですが)というものがあるかと思ったんですが、「地球の歩き方」にも使える情報がない状態で、異文化を実感しました。言葉が通じない・・・
治安は良さそうなので(まだ観光客が少ない=スリが少ない)、ツアーで来て、一日フリーとかしている分には、もっと探検できたんだろうなと思います。

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「第三の男」がいっぱい

映画「第三の男」のストーリーはもうあのラストシーンを含めて有名で「ミステリ」とは言えないといわれています。
子供の頃、映画のラストシーン特集(著作権とかうるさくない時代)で、ウィーン中央墓地のシーンは、アントン・カラスの音楽と共に見ていたので、映画をちゃんと観る以前から、ストーリーは知っていたいたような気がします。

あの映画は好きなので(母が好きだったため、何度もみていますが)、数年前にメーキングと共に、きちんと観て、今回、旅行に備えて、再度、通しで映画を観ました。
また、たまたま脚本版も買っていたので、チェック、その他の本もチェックしてました。(出版されている脚本と映画ではやっぱり違ったりしていますね)

ウィーンでの町歩きで、ハリーの下宿の場所もちょっとだけさがしたのですが(真剣ではありません)×、例の「暗闇にハリーの顔が」のシーンのあたりには行きましたが。

帰国して、やはり、第三の男博物館とか、ツアーとか行くべきだったのか?とちょっと後悔してます。
で、本がどこにあるか分からないので、文庫を買い直しました。
しかし、本を読んでいても、映画の語り口がだぶって来てしまい、ひろい読み程度になりました。
映画を見なおすたびに、ウィーンに行きたくなる映画ではあります。

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ウィーン旅行記3 ウィーンは夜の街(でも買い物は大変)

旅行に行くと、ほぼ美術館・観光に費やしてしまい、買い物に回す時間がありません。
オランダに行った時、住宅街のB&Bに泊まったのですが、散歩していて、後で寄ろうと思った個人商店は5時にはしまり(まだ美術館にいる)、食事は惨敗でした。(オランダ自体、基本食事はあまりでしたけど)
ウィーンでも「買い物」自体は、お店の時間が美術館と同じだったり、お店は昼休みをとったり、午後のみ(うーんすごい)だったりして、基本的には×だったりします。

あ、チョコレート屋さんにかぎってはもう遅くまでやってますけど。(日曜日にお土産のチョコを大量購入)

カフェは遅くまでやっています。夜10時くらいまではあたりまえ、場合により12時まで。
で、カフェは軽食もあるので(レストランの食事は日本人には多すぎるのでカフェが丁度良いかんじ) 物価は高いけどおいしいものが食べられます。(ちょっとしょっぱいかな?)

ウィーンは音楽の都でもあり、オペラ、オペレッタ、お芝居と夜の娯楽は沢山あります。
だからカフェとか遅くまで開いているんですが。
カフェで食事して、ホテルに帰る道すがら、ウィンドウショッピングをします。
すごいなと思うのは、宝石店でも夜煌々とと明かりついていて、ウィンドウショッピングが楽しめます。観光客が、そのウィンドウを覗き込んでいきます。

欲しいものがあれば、しまっている時にチェックして、お店に行く(しかない)
ホテルが駅の側で便利だということもあり、夜遅くまでうろうろしてました。

しかし、商売気がない(?)というか、お店が開くはずの時間より30分後に行ったら、「今開けましたよ」って感じだったり、まだ閉店まで間があるのに閉めようとしたり。

ちゃんとした服装はしていなし、言葉ダメだし・・・・
でも、買おうとしている商品の(安いアクセサリー)ホールマークの説明をこちらがきちんと確認したら、向こうの態度が変わってちゃんと応対してくれました・・・

友人も(帰国子女なので英語はOK)、自分のアクセサリーを見せて、これにあわせたいと真剣さをアピールしたら、奥から良いものをだしてくれたと言ってました。

まあ、基本は美術館と思っているので、お店は二の次ですが、あの光輝くショーウィンドウは楽しかったです。
しかし、カフェ・・・物価は高かったです。
本当は一日いてもいいというルールなんですが、そこは時間が限られている悲しさ、さっと食べてすぐに出て行ってしまう・・・
ある意味、日本人ってとってもお店にとってコストパフォーマンスが良い客のような気がします。

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ウィーン旅行記2 ウィーンは狭い街

ウィーンの観光地はリンクと呼ばれる輪の中にほとんど位置しています。
その気になれば、かなり、歩いても、辿り着けます。(方向音痴の私でも、なんとかなります)

オットー・ワーグナーの建てた、アム・シュタインホーフ教会は、土曜日の3時のガイドツアーしかない&遠いときいていたので前は断念したのですが、今回、チャレンジすることに。
そうしたら、地下鉄・バスを乗り継がないと行けないので大変なことは大変だったんですが、そこまで遠くなかったんです。移動してみてびっくりしました。
(今回、前にやはり入れなかったワーグナーの郵便貯金局にも入りました)
街から30分も行くと、ホイリゲという居酒屋(?):ぶどう酒を出してますが、あります。
TVにも紹介させているホリイゲに入ったら、団体客相手で忙しく&東洋人なんで相手にさせず→他のお店に行ったら、すごくいいお店でした。

そうか、ウィーンは思ったより小さい街だったというのが今回の実感です。

今回、あの観覧車のプラターには行けなかった&「第三の男」の墓地にも行けなかったのではありますが、
ウィーンの地図をみていると遠いと言われている ガソメーター(昔のガスタンクをショッピング街に:ちょっと、さびれてましたが)や、オペレッタの殿堂:フォルクスオーパも30分あれば行けました。
フンデルト・ヴァッサーのゴミ焼却炉もちゃっかり、近くで見ることができました。

リヒテンシュタイン美術館も遠いと思ってたら、近かったんです(ガイドブックには詳細な地図がなく)、停留所を下りて多少呆然という失敗を・・・(昔来た、博物館の近くでした)

ガイドブックの記述だけみていると「遠いから行けない?」と思っていた場所は、実は、意外にも近かったのが新しい発見でした。
たしかに、今はいろんな情報を検索することができるから、昔よりは簡単に場所を探しだせるようになったんですが。

もし、アム・シュタインホーフ教会にトライしたいと思っている方がいたら、ぜひ、行って下さい。行く甲斐のある場所です。

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ウィーン旅行記1

当初の目的地は別だったんですが、調べてみると○○美術館閉館中とか修理中などで、以前行った事があるウィーンに行く事にしたんです(美術史美術館の工芸部門がずーーとしまっているのが残念でしたが)

フリーのパックを申し込んでいましたが、キャンセル日以降に燃油代が確定というのがいやで、自力で飛行機・ホテルをとりました。前に行った土地ならではです。

行った事があるはずなのに、それでも美術館にはずーーーっと入り浸り。

今回行くにあたって、映画「第三の男」を見返して、本もチェックして、昼間の大観覧車に乗り、地下水道はどうしよう? あのラストシーンの墓地にも行こうなどと、夢はふくらんだんですが。すべて挫折。
ロケ地(?)とおぼしきあたりは、探索しましたけれどね。

ウィーンは、大昔に父が仕事で1ヶ月以上滞在したそうですが、仕事ばかりで、全然観光できなかったと行ってました。
その分、娘が、観光してます。

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旅行でご無沙汰していました

遅い夏休みで、旅行をしていたので、ご無沙汰していました。

旅行記は、今度ゆっくりと書きたいなぁ(できるのか?)と思っています。

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フランダースの犬

「アントワープと言えば?」と訊かれて、「ダイヤモンドの研磨工場」と答えた私は、友人から「日本人ならフランダースの犬でしょう」とお叱りを受けました。
(例のアントワープの大聖堂にネロとパトラッシュの絵はがきがありますが、日本語オンリー、また、聖堂前のネロのベンチも日本語オンリーでした)
オランダ・ベルギーを以前旅行したのですが、美術館中心の旅だったので買い物は殆どせず。骨董市があると出てみてもフリーマーケットとか、家具ばかり、一体業者の方はどこで買い付けするんでしょうね。旅行者が行くようなところにはアンティークショップはなかなか無いのでしょうね。(美術館で時間をくって本当にろくに食事もできなかったです)

大笑いしたのは、アムステルダムで水上バスに乗ったんです(乗り降り自由)レンブラントの家に行くために、その近くの「○○ダイヤモンド」って停留所でおりることにしたんですが、船から下りるとダイヤモンド店の裏口、他に道はなくて、ブザーを鳴らしてそこに入り、ショップをぬけて正面から出るというなかなかスリリングな体験をしたことです。

オランダもベルギーも美術館とかものすごく高くて(しかもオランダは食事がまずい)、もうすこし気持ちよくぼったくって欲しいなと思いました。
こんなにマズイものを食べて病気(絶対体に悪いバターと塩分)になりたくないとまで思いました。
フランダースの犬の作者ウィーダは、地元の人ともめて(彼女自体が問題児ですが)つらあてに「フランダースの犬」を書いたと言われていますが、(地元の人は、我々はあんな酷いことはしないって言っているそうですが)アントワープの大聖堂で、お金を払わないとたしかに「絵」を見ることができない。
お祈りする人たちようのエリアはあるのですが、どう考えても絵はちゃんと見えない配置?って感じでしたので、ちょっとだけ教会でそれはないのではないか?とおもってしまいました。

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