精力的に図書館で借りてみました。感想はこれが最後の予定です。
デュ・モーリアは色んなタイプの小説を書いているんだなとちょっと驚きました。
・別な自分(過去だったり、偶然の一致だったり、ある事件が元で逃亡して別人として生活する)をモチーフにした作品。
普通、元の生活に戻るために必死になるんですが、彼女の作品の場合は、別な生活が好きになったりと「普通」ではないんです。しかし、運命は、そこに安住することを許さない。
・何かを強烈に求める人生そのために周囲を破滅させる(別な意味でのファム・ファタール?)人物がいたり、その人物に破滅させられる子供がいたり。
「青春は再び来たらず」では、父親に反発して家でをした主人公がある人物に出会うことで救われるが、その人物が事故で死んでしまう(その事故のシーンって、主人公、自分の事しか考えていないような気が・・・)→でも、陳腐な言い方をすると「その死が、主人公の中に行かされて主人公は、自分の真の平穏を手に入れる」(うーーん。書くとちょっとなぁ)
「青春は」はあまり若い時に読むより、それなりに年取ってから読んだ方が(爆)、いろいろ温かく見守れるかも。
タイトルにもした「埋もれた青春」(原題:ジャマイカ・イン)
これはかなり初期の作品だそうですが、楽しめます。デュ・モーリアには数少ない。
ハッピーエンド(?)ではと思います。
主人公は農家の娘、母が亡くなり叔母を頼ってパブ:ジャマイカ・イン(叔母夫婦が経営)に行くが、そこには不吉な雰囲気が・・・犯罪がおこるミステリ仕立てです。
メモが見あたらず人物の名前が不明です。すみません。
この状況ってほとんでゴシック・ロマンスの定番って感じ。普通なら没落した名家の娘、働き口は家庭教師なんですが、ここでは、宿屋の女中さん。
で、普通のロマンス小説であれば、最後は「第一印象が悪いが彼女を愛している男性」とハッピーエンドで終わるんですよね。
で、この話もハッピーエンドなんですが、普通のとはひと味もふた味も違います。
彼女は、ある事件から無事に逃れ、近所の「ちゃんとした家庭」でそれこそ「家庭教師」でもやって暮らせば良いといわれてます。
でも彼女は知り合いがいるだろう地元に戻ってまた畑を耕して、落ち着こうと思うんです。
そこに「彼」が現れます(彼は、馬泥棒とかする小悪党です)
彼が一緒い行こうというと、彼女は自分は落ち着いた生活がしたいと断ります。
彼は、年をとったら「私は彼と一緒になったかもしれないのに」と言うようになるぞとも言いますが、彼女は、自分が望む生活と彼の生活は相容れないと断ります。
でも、ラストは苦労するのは分かっているけど自分が居るところはここしかないと彼と一緒に旅立つんです。
彼との生活はかなり、大変だと分かっていても彼と一緒になる。
ゴシック・ロマンの伝統では、彼と一緒になれば幸せは約束されている。ここが大きく違うと思ったところです。
読んでいて気持ちよかったです。
初期の作品のせいもあると思います。後の作品だと、「愛」が重くのしかかり、愛しているけれど、「彼のため」とか「運命のため」に思いを秘めながら別の人生を歩むというのが多くなり、続くとつかれるような・・・
しかし、最近でこそ復刊されたものもありますが、ほぼ絶版。世界ロマン文庫(だっけ?)「情念の海」これ映画にもなったロマンスものなんですが、○マゾンに存在しません(別名の本しかありません)
うーーん 復刊.comでもリクエストあるんですけどね。
結構うけるんじゃないかと思っているんですが「愛・・・」シリーズとして。
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